まくまく麻雀ノート

読書メモ『超絶』桜井章一 (2)

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前に出る姿勢が真の強さを育む

いいですか皆さん、皆さんは麻雀を点棒やその他全て目先の損得だけで考え、処置しようとしていますが、そうじゃないんですよ。麻雀の本質とは「流れ得」。将棋でいう「駒得」に対する「手順得」に相当するものです。

いつも厳しいところへ己を置け

満貫 1 回和了ったくらいで、何も楽なことはないのです。もう 1、2 局、もっと苦しむべきなのです。

麻雀は絵なり。決して数合わせの具ではない

読者諸氏よ、麻雀をする時、一度でいい。 「数」というものを捨て、卓上を真白なキャンバスに見立てて打ってごらん。きっと苦しみがどこかへ行っちゃって、スッキリするよ。 麻雀とは、決して数合わせではなく、筆でもって絵を描くようなものなのだよ。

麻雀の深さを知り、人の持つ重さで対処する

  • いくらスピードが大切だからといって、両面チーを重ねて和了っても、それは楽や焦りからの目先の和了りにしか見えません。努力も工夫も辛抱もない、そんな目先の和了りでは、すぐに親かぶりや逆転をくらいます。

  • 例外として、終盤あるいはリーチが他者から入った時は、両面からの仕掛けもあります。2m3m4m5m6m3p3p6p7p3s4s3z6z という手牌でいるところに、5p を切ってのリーチが入りました。こんな場合の喰いの目安として、リーチ者の捨て牌に 4m7m や、2s5s が切られていたら即、鳴きを入れます。

  • リーチ者に対する他家の打牌を利用する手もある。 例えば慎重な人が 2m を強打してきたら、3m4m のカベを頼ったものなので、リーチに対して 3m6m 待ちや、4m7m 待ちを警戒することができる。

  • できちまった流れや状況に応じて、本当にクサい牌や強すぎる牌、打ったら他人様に迷惑をかけるような牌を止めて打つのが我慢である。逆に、自分だけの都合や、単に出ていない牌を止めて打つのはただの逃げにすぎない。 これは決して辛抱とは呼べず、止めた(逃げた)ことによって完全に流れを失っていく。君たちも牌を止めることによって、その後、よくなったり悪くなったりした経験があると思う。が、それは、たまたま君たちの止めが真の我慢だったり、逃げだったりしたとういうことなんですよ。

  • ただオリに回っている人を評して、辛抱強いなどとするのは、誤った解釈であるといわざるを得ない。

  • 上家が切った 2 枚目の 6p を鳴いた方がよいか? それは 2 枚目がツモ切りかどうかによる。トイツ落としなら鳴かなくてもよいが、ツモ切りなら 5p6p6p からの切り出しの公算が強く、実質 3 枚目の 6p と考えられるので鳴いた方がよい。

闘わず待つ麻雀など許されない

  • 型にはまっているか、型が崩れているかを見れば勝つ者と負ける者を、早めに見つけ出すことができる。
  • 同時性とは、牌の片寄りが起こす現象で、たった一人のチンイツ場より、数段早い仕上がりができる、危ない場なのです。
  • 雀鬼流では、運がないから、流れに乗れないからといって、何もしないまま、時を待つことは許されない。よくても悪くても、オーラスになるまで闘争本能丸出しで、ぶつかり合わにゃいけない。

目先の利を追えば先々の芽をつむ

  • 実は天から与えられたチャンスなど、真のチャンスとはいえず、あてにはできないのです。そんなものはたまにしか来ないし、すぐに立ち去ってしまいますから。相手のリーチや攻撃の火の粉の下で、リャンシャンテンをイーシャンテンに、イーシャンテンをテンパイへと、和了るためではなく一歩でも半歩でもスレスレまで進めていく。この行為が真のチャンスを呼ぶのです。
  • 無スジの 8m8s8p とあったなら、8s8p まで行くぞと決め、打っていく。その上で 8m を残すのは、ただオリるのとはわけが違う。8s8p を飛ばしていくには、かなりの勇気や辛抱、読みが必要となるのだ。
  • 1s2s3s の 1 メンツが最初からできていたとしても、ここが邪魔なら、私なんかこの 1 メンツを場に切ってしまう手順を追う。麻雀とは、メンツを四つ作ってなんぼである、という目先の利にとらわれて、先々の芽をつんでしまうことが多い。

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